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熊本地方裁判所 昭和31年(ワ)266号 判決

原告 工藤アサエ

被告 銀杏タクシー有限会社

主文

被告は原告に対し金十八万二千円及び之に対する昭和三十一年五月二十八日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を五分しその一を原告の負担としその余を被告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

成立に争のない甲第一乃至第七号証並に刑事事件記録に編綴されている診断書であることは被告の自認するところであるから反証のない限り真正に成立したものと推定すべき甲第八号証の一の記載に証人工藤昌雄(第一回)の証言及び被告本人訊問の結果を綜合すれば被告会社はタクシー業を営む有限会社であるが昭和三十年五月自動車の運転手として雇入れた訴外丸治作典は昭和三十年十二月二十日午後三時三十分頃被告会社の小型乗用自動車熊第五―五二六号を運転し乗客を新屋敷町まで送つての帰途熊本市白川公園前より同市水道町交叉点方面に向け電車通り左側車道を制限速度を超えた時速四十粁位で進行し同市水道町藪田商店前附近に差蒐つた際前方二十米突附近車道を横断していた原告(当時七十四歳)を認めたが斯かる場合自動車運転手たる者は警笛を吹鳴して相手に警告を与え同人の動静を注視して徐行し同人が通り過ぎるか又は停止して確実安全に通過できることを確認した後進行すべき業務上の注意義務があるのに之を怠り漫然そのまゝの速度で進行し同人が自動車に気付いて狼狽したのを停止したものと軽信して同人の前方を通過しようとしたためこの時急いで自動車の前方を横切らうとした原告を前方二米突位の箇所で認めて慌てて急停車の措置を構じたが及ばず自動車前部左側ライト附近を同人に衝突させてその場に転倒させ因つて原告に対し脳震盪、顔面擦過傷、左頬部打撲による血腫、両側下腿骨骨折、左肘部裂創を負はしめ直ちに西郷病院に入院し治療を受けたが現在に於ても右足彎曲し歩行も困難な状態にある事実を認むるに十分で他に右認定を覆すに足る何等の資料がない。そうだとすれば右事故は被告会社の被用者である同訴外人が被告会社の事業の執行につき原告に対し加えたものであるから被告は使用者として民法第七百十五条に基き原告に対し之に因り生じた損害を賠償すべき責任のあることは当然である。仍て進んで損害の額につき按ずるに(一)証人工藤昌雄の証言(一、二回)及同証人の証言により成立を認める甲第十号証の一乃至四の記載によれば原告は昭和三十年十二月二十四日より翌三十一年三月十六日迄前記西郷病院に入院治療を受けその間の入院料食費等の費用として計金八万千百八十円を要し(二)同証言及び之により成立を認める甲第十一号証の一乃至四、同甲第十二号証の一、二の各記載を綜合すれば入院中及び入院後の附添婦に対する費用として計金一万六千百五十円を要し(附添婦に対する謝礼金四千円を除く)(三)同証言及び之により成立を認める甲第十三号証の一、二の各記載を綜合すればマツサージ治療費とし計金一万七千二百五十円を要したこと更に同証言によれば(四)見舞品返し代として金一万二千円を要した外(五)眼鏡の破損により金千円(六)腕時計破損により金五千円の各損害を受け(七)入院中の木炭、氷代金千五百円(八)水枕、氷削器代金千円(九)内服薬(メテユーニイン)金七千五百円(十)同(カルシユーム)金千五十円を要した事実が認められるので原告が本件事故に因り以上合計金十四万三千六百三十円の損害を被つたことは明かであるが原告は右の外昭和三十一年三月十七日以降の治療費その他の諸雑費として金五万六千三百七十円の請求をしているがこの点については前記証人工藤昌雄の証言だけでは之を肯認するに由なく他に之を認むべき何等の証拠がない。次に慰藉料の請求であるが原告が本件事故に因り前記のような傷害を受け精神上甚大な苦痛を受けたであらうことは吾人の実験則に照し明かであるから被告に於て之を慰藉すべき責任のあることは勿論であるが、前記認定に係る事故の模様、原告の年令、被告代表者本人の供述により認められる被告会社の原告に対する事故後の措置、被告会社の現況等を斟酌すれば金十一万八千円は過当であつて前記損害金とを併せ金二十万円を以て相当と認める。然るに被告が昭和三十一年一月十三日原告に対し治療費の一部とし金一万八千円を支払つていることは原告の自認するところであるから之を控除すれば結局被告は原告に対し金十八万二千円及び之に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和三十一年五月二十八日より完済に至るまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものと謂わねばならない。仍て本訴原告の請求は以上認定の限度において之を相当として認容しその余を失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 堀部健二)

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